生垣に囲まれた二軒長屋、境に共同の井戸。
昭和26年の春。
男は生まれた。
産声が寒椿を散らし,奥の座敷がざわざわして老婆の腕の中でどよめきを聞く。
井戸の周りは椿
女はしきりと洗い物
何度も何度も水をくみ上げ
ざぁーざぁーと
みな口には椿の花びら
赤く
くみ水まで赤い
井戸で
女はしきりと洗い物
しだいに手もすそも赤くなっている
ざぁーざぁーと
水の音ではない
女の泣く声であった
赤い水の色は
血であった
昭和26年春
赤い手になって
女は気がふれた
生垣に囲まれた二軒長屋
境に井戸あり
そのまわりに狂おしい寒椿
義父に犯された女は
しばらくして
井戸に身投げした
隣で生まれた男
椿を食べる
との噂
あり
2010・4・3 58年目の春 ひで